【元医療部の裁判官が解説】医療過誤・医療ミスを疑った場合に取らないと損する3つの行動

はじめに
予期せぬ医療上の問題に直面し、「もしかして医療過誤・医療ミスではないか?」と疑念を抱いたとき、患者やご家族は大きな不安と混乱に包まれます。
医療の内容はとても専門的で、何が起こったのか、それが医療のミスによるものなのかを判断するのは、一般の方にとって非常に難しいのが現実です。
私は、裁判官時代、医療事件を集中的に扱う部で勤務した経験があり、医療訴訟を多数担当してきました。
その経験をもとに、医療過誤が疑われる場合にどのような対応をとるべきか、またその解決方法について、元裁判官としての視点も踏まえ、具体的に解説します。
医療過誤とは何か
医療過誤とは、医療従事者が医療行為において注意義務を怠り(不注意によって)、その結果として患者に損害が生じた場合を指します。医師が注意すべきことを怠ったかどうかは、その当時における一般的な医療の基準と比べて判断されます。したがって、治療結果が思わしくないというだけでは直ちに医療過誤とはなりません。
医療過誤が疑われる典型的なケース
医療過誤として問題となる代表的なケースは次のとおりです。
・医師や看護師の積極的な行為によって、不幸な結果が生じたケース(例:手術のミス、投薬のミスなど)
・医師や看護師が、適切なタイミングで適切な医療行為をしなかったことによって不幸な結果が生じたケース(がんの見落とし、誤嚥防止措置の不実施など)
・医師からの十分な説明(インフォームドコンセント)がなされておらず、きちんとした説明を受けていれば、その医療を受けなかったと思われるようなケース
医療過誤が疑われる場合に取るべき3つの行動
「医療過誤なのではないか」と思った場合には、次の3つの行動をとることが大切です。
(1)経過の記録を残す:
治療経過、症状の変化、医師とどんな話をしたか、どんな説明を受けたかを、できるだけ日付順に詳しく書き残しておきましょう。日付や時間、医療従事者の名前、用いられた専門用語も記録に残すことで、後の手続きに役立ちます。
(2)診療記録の入手:
医療機関に対して、診療録(カルテ)や検査データ、画像資料などの開示を求めることができます。個人で申し出て開示に応じてもらえない場合でも、弁護士を通じて請求すれば開示してもらえることがあります。また、仮に医療機関が診療録(カルテ)の開示に応じないケースなどでは、裁判所に対して診療録(カルテ)の開示の申立て(証拠保全の申立て)を行うことも可能です。
(3)弁護士に早めに相談:
医療過誤が疑われる場合には、証拠の収集や医療機関との交渉、解決手段の選択など、初動段階での弁護士の関与が非常に重要となります。次の項目をご覧いただければわかるとおり、医療過誤事件において、調査段階で行うことは多岐にわたり、また、専門性も高いため、弁護士をつけずに対応するのは困難なケースが多いのが実情です。
弁護士が行う「調査」と対応の実際
弁護士に事件を依頼した場合、次のような対応を行います。
・診療記録の入手・検討:
診療録(カルテ)や検査記録、画像などを入手します。医療機関が任意の開示に応じない場合や、診療録(カルテ)の改ざんが疑われる場合などには、裁判所を通じて診療記録を保全します。
・医学文献の入手・調査:
収集した診療録(カルテ)をもとに、該当する医療分野の文献などを調査し、その医療行為が標準的な医療水準に合致していたかを確認します。この段階で、医療の専門家(医師)に協力をお願いし、意見をもらうこともあります。
・医療機関との交渉:
診療記録や医学文献などの調査結果をもとに、不幸な結果の原因や、その結果が適切な医療行為で回避できた可能性があるかを検討します。不幸な結果が発生したというだけでは医療機関に責任を問うことはできません。医師等が通常行うべき医療行為を適切に行っていれば防げたといえる場合に、はじめて医療過誤として損害賠償請求が可能となります。
検討の結果、医療機関と交渉を行います。書面や面談を通じて、患者側の意見を伝え、医療機関側が考える経緯や原因についても説明を求めます。やり取りが何往復にもなることもあります。
この段階で、話し合い(和解)で終了する場合もありますし、意見の対立が激しく、話し合いによる解決が困難な場合もあります。
・調査の終了と方針の検討:
交渉がまとまらなかった場合には、その後の対応方針を検討します。具体的な手段については、次の項目で説明します。
解決手段の選択肢と弁護士の役割
前の項目で記載したとおり、病院との示談交渉がうまくいかない場合、その後に取り得る手段としては以下のようなものがあります。
手続名 | 概要 | メリット | デメリット |
医療ADR (裁判外紛争解決手続) | 弁護士会等の第三者機関を通じて行う話し合いによる解決手続。中立的な調停人が関与。 | ・迅速・柔軟・非公開 ・費用が比較的少ない ・精神的負担が軽い | ・法的強制力がない ・合意に至らなければ不成立 ・過失や因果関係の争いが大きいと不向き |
民事調停 | 裁判所の調停委員が間に入り、話し合いによる解決を図る手続。医療集中部では専門家の関与もあり。 | ・裁判所の関与による信頼性 ・費用が抑えられる ・調停成立時には強制執行も可能 | ・相手方が非協力的だと調停不成立に ・訴訟に比べ証拠が制限される可能性 |
訴訟 (損害賠償請求訴訟) | 医療機関の過失や因果関係を争い、裁判所に判断を求める手続。 | ・法的結論を得られる ・強制執行が可能 ・客観的証拠に基づく判断 | ・時間・費用・精神的負担が大きい ・立証責任は患者側にある ・解決まで長期間を要する(平均2年程度) |
無過失補償制度 (医薬品副作用被害救済制度・産科医療補償制度) | 医薬品の適正使用や分娩による障害・死亡等に対して、過失を問わず国等が補償する制度。 | ・過失を立証せずに補償が受けられる ・手続が比較的簡易 ・訴訟を経ずに金銭的救済が得られる | ・対象事案が限定的(例:重度脳性まひ・副作用) |
まとめ
「医療ミスかもしれない」と思ったときに大切なのは、落ち着いて早めに対応を始めることです。
記録や証拠の確保、医学的な意見の収集、弁護士との連携によって、問題解決の第一歩が踏み出せます。
精神的な負担が大きい場面ですが、一人で抱え込まず、医療事件に詳しい弁護士など専門家の力を借りることが大切です。
監修者
■藤本拓大(ふじもと たくひろ)
弁護士(大阪弁護士会)
弁護士法人リット法律事務所 共同代表
中央大学法学部卒業。司法試験予備試験に合格後、司法研修所(第71期)を修了。
2019年に裁判官に任官し、横浜地方裁判所(医療集中部)、松江地方裁判所(刑事・少年部)、東京地方裁判所(民事執行センター)にて勤務。
在任中、アメリカ・ヴァンダービルト大学ロースクールにて客員研究員としても活動。
2025年4月に弁護士登録し、現職。医療部での勤務経験も活かし、医療事件、介護事件等に注力している。