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医療訴訟で「過失あり」と判断されるのはどんなとき?元医療部の裁判官が解説する2つのポイント

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はじめに

以前のコラム(【元医療部の裁判官が解説】医療過誤・医療ミスを疑った場合に取らないと損する3つの行動)では、医療過誤・医療ミスを疑った場合に取るべき3つの行動について記載しました。その中で、治療結果が思わしくないというだけでは直ちに医療過誤とはならず、損害賠償請求をすることができるわけではない点についても簡単に説明しました。今回のコラムでは、医療訴訟でもっとも重要な要素の一つである過失(注意義務違反)の考え方について詳しく説明します。

過失(注意義務違反)とは何か

そもそも、過失とは、注意義務に違反することをいいます。例えば、医師にある一定の行為をすべき義務(注意義務)が課されていたのに、それを行わなかった場合に、注意義務に違反し、過失が認められるということになります。

損害賠償請求が認められるためには、この過失が認められ、その結果として、損害が発生したといえる場合でなければなりません。そのため、以前のコラムでも記載しましたが、治療結果が思わしくないというだけでは直ちに医療過誤とはならず、損害賠償請求をすることができるわけではないということになります。

医療訴訟において注意義務の基準となるのは、「診療当時」のいわゆる「臨床医学の実践における医療水準」であるといわれています。

医療訴訟において、注意義務を検討するうえで大事な点は二つあります。一つは、過失を判断する際の基準時が、訴え提起時点ではなく、「診療当時」であることです。そして、もう一つは、どのような注意義務が設定されるかは、「臨床医学の実践における医療水準」を基準に考えられるということです。

過失(注意義務違反)の有無は診療時点を基準に行うこと

 前述のとおり、医療訴訟において、過失は、訴訟提起時の医療水準ではなく、診療当時を基準に考えます。医療は日々進歩しており、医療水準も変化しているため、訴え提起時点の医療水準を前提に判断すると、不適切なケースもあるためです。

患者のご遺族が、患者の死亡から5年後に訴訟を提起した事案を例として考えてみます。5年前は、治療行為Aはリスクが高いとされ、実践している医師は極めて少ない状況でした。しかし、訴えを提起した時点では、治療行為Aに存在していたリスクは、新しい医療技術によって発生を防げるようになり、治療行為Aは、多くの医師が取り入れる、主流と呼ばれる治療行為になっていました。このようなケースで、ご遺族は、医師が、5年前、治療行為Aを行うべき義務があったのに、それを行わなかったことを主張しています。

このような場合、過失(注意義務)の判断を、5年前と訴訟提起時点、どちらの医療水準を基準にするのがよいかと聞かれたら、5年前の医療水準であるという結論になるのではないでしょうか。5年前の時点では、治療行為Aには、リスクが存在し、実践している医師は少なかったということですから、その時点で、医師が治療行為Aを選択しなかったことには合理性があり、その判断が、訴え提起時点の医療水準によって、誤っていたと判断されることは妥当とはいえないでしょう。

項目診療当時の医療水準訴訟提起時点の医療水準
治療行為Aの評価リスクが高いとされていた技術進歩により安全性が確立されている
実施医師の割合一部の医師に限られていた多くの医師が標準的に実施している
医師の判断の評価治療行為Aを行わない判断に合理性がある行わなかった判断が問題視されるおそれあり
過失の判断基準となるか判断基準となる判断基準とはならない

医療水準は、医療機関の性質等によって異なってくること

過失(注意義務違反)は、「臨床医学の実践における医療水準」を基準として判断されます。そして、医療機関に要求される医療水準は、医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等を考慮して決められることになります。総合病院に勤務する医師と、いわゆるクリニックに勤務する医師とで、同じ医療水準が要求されるわけではないということです。

個人の産婦人科で出産、大量出血してしまい、不幸にも母親が亡くなってしまった場合に、ご遺族が、輸血用血液を常備しておくべきだったのにこれを行わなかったと主張して訴訟を提起した事案を例として考えてみます。総合病院では、基本的に輸血用血液のストックはありますし、準備がなかった場合は、その点を過失(注意義務違反)として主張することができるかもしれません。一方で、個人の産婦人科では、輸血用血液のストックがない場合も少なくありません。個人のクリニックでは、輸血の必要性が生じた時点で、適切に輸血の依頼を行うこと、またそれと同時に、大量出血などの緊急事態が発生し、人員や設備などの関係で、対応できる状況を超えた場合は、速やかに総合病院などの高次医療機関に搬送することが求められます。しかし、輸血用血液のストックを常備するべきかといわれると、必ずしもそのようにいいきれないケースもあると考えられます。

このように、医療機関の規模や性格等から、要求される医療行為には差が出てくることになります。

医療機関の種類輸血用血液の備蓄緊急時の対応体制要求される注意義務の内容
総合病院基本的に常備即時の医療処置が可能血液を備蓄し、その場で輸血対応ができることが前提
個人の産婦人科等常備していないこともある速やかな外部搬送・連携が求められる血液の備蓄は必須ではないが、①適時に輸血を依頼すること、②緊急時には速やかに高次医療機関へ搬送することが求められる

まと

過失の立証責任は患者側にあります。医療訴訟における過失の立証は、専門性が高く、難易度も高いものです。そのため、医療訴訟を検討している場合には、まずは、医療訴訟の経験のある弁護士に依頼することが重要です。

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 【元医療部の裁判官が解説】医療過誤・医療ミスを疑った場合に取らないと損する3つの行動 - 弁護士法人リット法律事務所

監修者

藤本 拓大(ふじもと たくひろ)
弁護士(大阪弁護士会所属)
弁護士法人リット法律事務所 共同代表

 中央大学法学部卒業。司法試験予備試験に合格後、司法研修所(第71期)を修了。2019年に裁判官に任官し、横浜地方裁判所(医療集中部)、松江地方裁判所(刑事・少年部)、東京地方裁判所(民事執行センター)にて勤務。
在任中、アメリカ・ヴァンダービルト大学ロースクールにて客員研究員としても活動。
2025年4月に弁護士登録し、現職。医療部での勤務経験も活かし、医療事件、介護事件等に注力している。
Xアカウント https://x.com/fujimoto_lawyer

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